セットについて

 今回収録されているうちの3つのエピソードに登場するセット。なだらかな曲線を持つ家々、逢かな空、ふかふかの無数の雲を持つ街は、遊佐未森自身のデザインを、制作に1週間、建て込みに2日間まるまるを費やしてスタジオに再現したものである。撮影中の遊佐未森の応援にやってきたスタッフや友人は揃って驚いたほど、その美しさとスケール感は卓越したものだった。また、背景となった空と遠景の雲は書き割りとして壁に描かれたものだが、朝から昼さがり、そして夜へと変化していく空の色をより細やかに表現するために、実は無彩色で着色されている。そこにあらゆる各度(*1)から様々な色の照明をあてることによって、遠近感と微妙な色合いが生みだされた。

ダンサーについて

 名前も持たず、その正体さえも見る側へとゆだねられた6つの生命体を演じたダンサーたちは、実はプロとしての経験を持っている者ばかりではない。遊佐未森のダンスのレッスン仲間を中心に、役者、絵描き、そしてミュージシャンと、あらゆるフィールドから個性的なキャラクターを持っていることを前提に集められた。キャスティングも担当したチーフの峯元実穂子によるとー

 「遊佐さんの作品にはまず本当でなければいけないと思ったの。中身が本当に美しかったり、何かしら底から出てくるエネルギーを確かに感じられる人でないと。でないと、彼女には太刀打ちできないんですよ。テクニックだけならもっと上手いダンサーはいくらでもいたんですけどね」
 その結果は、ご覧になった通り。どこかしら幸福感が漂う数々のシーンが映し出されることになった。

衣装について

 スタイリストと監督が遊佐未森の衣装について相談を始めたところ、ふたりの意見はすぐに一致。それは「雲や風のイメージ」だった。さらには「天から降ってきた子供」をキーワードに、柔らかな素材を基本とするあらゆる白のパーツが揃えられた。一方、一見奇妙とさえいえるダンサーたちの衣装は「得体の知れない、おかしいやつら」のイメージ。花をモチーフにしたあらゆるラッパ状の形を身につけている。また、衣装のあちらこちらにパステルで着色が施されており、それは生き物だけが持つ生の感じを出すためだったという。植物を美しいだけのものとしてではなく、ここではもっとリアルな生物として捕えている。

沖縄でのロケについて

 那覇から石垣島へ渡り、さらにそこから船で15分。野外のシーンのすべてはここ竹富島で5日間に渡って撮影された。第1日目は真夏を思わせる暑さ、2日目は肌寒い曇り、3日目は雨。曇を経て最終日は晴れと、決して天候には恵まれなかったものの、映像的には柔らかな効果を得られたシーンと、光が射してくる爽快なイメージシーンなど、変化に富んだ映像が生まれることになった。
 また、撮影が行われない時間帯となる夜に海水浴やカニ採集に出かけるといったイベントが行われ、中でも足を地面に着けたままお互い手だけで押し合う通称“ツンツン相撲”が流行り、歓声が夜中まで続いた。撮影を含め、竹富島での日々は、幾つかのアクシデントに見まわれたものの、和やかな空気が切れることはなく、その雰囲気は、作品を通して漂っているはずである。

海を背景としたダンスシーンについて

 今回の作品でもっとも印象的なシーンのひとつに「われもこう[変化]」での海を舞台としたダンスがある。潮の引いた洲の状態になった果てしない砂の上で撮影は始められたが、時間の経過に伴って少しずつ潮が満ち、寄せてくる海水との戦いとなった。だんだんと小さくなっていくステージ(砂地)の上でしかし遊佐の動きは激しくなっていく。自然そのものの動きの中で高揚していく遊佐の精神状態とそのダンスは、風景との不思議な一体感を生んで感動的ですらあった。もちろんすべての彼女のダンスは即興を含め、遊佐自身の振りつけによるものである。

音楽について

 今回『Rondo Piccolo』のために新たに付け加えられた「出会い」「別れ」のエピソードのバックに流れる音楽は、出来上がった映像を見ながら遊佐未森白身がかき下ろしたもの。大の映画ファンでもある彼女、映像に音楽をつけるという初めての経験を大いに楽しみ、今後、さらにもっと長い作品にも挑戦してみたいと意欲をみせている。

短くなった髪について

 「われもこう[変化]」で、遊佐未森は突然短くなった髪で登場するが、これは、竹富島でロケの合間にカットされたもの。実はアルバム『モザイク』のレコーディングでイタリアを訪れた際に一度かなり短くし、ようやくある程度の長さに落ち肴いたところだったため、どの程度まで髪を切ってしまうかがポイントとなった。結果は、ビデオをご覧になった通りバッサリ。沖縄の海と「われもこう[変化]」のイメージにピッタリの生まれ変わったような新鮮な表情が生まれた。また、髪を切る際に設けられた散髪所は、路上、石垣の前に陽よけのパラソルを立て、ラジカセで沖縄民謡を流すという、なんとものどかな雰囲気のスペースとなり、竹富島滞在中の想い出のショットとなっている。

(*1)原文ママ 正しくは「角度」